先週から、うちのアパート、外壁工事をしているんです。
かなりボロのうちのアパート、外壁工事と聞いた時にはとてもありがたいと思いました。もちろん内装は改装がしてあって、壁も塗り替えられたりしているのですけど、何をしても外はきれいにできないので。(あ、おそらく1回は以前に外壁工事をしてあります。)
しかし、まだ始まって1週間ほどで、外壁の工事どころか工事のための掃除しかしていないのですが、生活に支障があり過ぎです。
朝落ち着かない
平日、時々朝シャワーを浴びるのですが、落ち着かない。裏のベランダ近くにお風呂があるのですが、外で作業をしている声がして、落ち着かない。うち、三階建ての三階なんですけどね。
風が入らない
足場が組み上がって、保護幕がかかっているので、窓を開けても風が通らない。今週はい暑い日が続いたので、ちょっと辛かった。
土曜の朝からにぎやかくて寝られない
先週はとても忙しい週で、とても疲れていたので、土曜日はゆっくり休むつもりでした。そうしたら、朝8時半前でしょうか、寝ているすぐそばの向こう側から、ぷちっ、パリパリ、っと音がします。本当、小さな音だったんですけど目が覚めてしまいました。そうしたら、ばりばりばりぃーー!!っと、ビニールテープをはがす音。もーー、寝ていられません。平日でも9時からだったのに、なぜにそんなに早いの?
窓はおろかカーテンも開けられない
9時からバリバリ作業が始まったので、そのための下準備だったようですが、ちょっとね.....。こうなるともう、寝ていられません。外壁の高圧洗浄をしているらしく、窓も開けられません。で、隙間から水がしみたり飛んできても嫌なので、カーテンは閉めたまま。磨りガラス風で中が見えない窓だけれど、近くを通れば人影程度には見えるでしょうし。
そのあと、あまりにうるさいので9時前には起きました。でも、もーー疲れていて、しばらくしてから再びベットに戻って2時間くらい二度寝。朝ご飯(らしきもの)を食べて、それでもカーテンを開けて朝日を入れられる訳でもなく、窓を開けて風を入れられる訳でもなく。そのあとまたソファで三度寝。ちょっとネットで遊んだと思うのですが、もう何をしたかも覚えていませんが、2時頃だったと思いますが再びベットへ。起きたのは5時。これでようやく人間にもどれました。
ちょっと買い物とか用事があったので、そこから外へ出ました。
洗濯ができない、窓が開けられない?
帰ってきたら、ポストに工事の案内が入っていました。先週平日の時点から、洗濯物を外へ干すのは禁止されてはいたのですが、来週から2週間ほど窓が開けられないとかなんとか、そんな案内が入っていました。えぇーー!それはないでしょ。うち、そんな古いアパートなんで洗濯機がベランダなんです。窓が開けられないということは、窓を開けて風を通せないだけではなく、洗濯ができないことも意味しています。(明日、工事業者さんへ電話確認する予定です。塗装のための”シール打ち”とかいう作業と書かれていますが、開け閉めはできるのかもしれません。)
洗濯機がドロドロに汚れてる
そして今日。お洗濯をしようと思ったら、そのベランダに置いてある洗濯機に汚れた水しぶきがどっさりついて乾いたらしく、小さいカスみたいな汚れがびっしり。おぉ〜〜!!確かに、壁を掃除するのがおいちゃんたちの仕事かもしれんが、もうちょっと住人のことを考えてほしいなぁ。洗濯機用のホースを外す訳にも行かないので、水を汲んではじゃばーっと外も中もお掃除してから洗濯開始。
事務所と間違えられる
そうそう、そう言えば今週。毎朝、うちの階段をダンダンダンダンとにぎやかく上がってきて、玄関の戸をガチャガチャガチャと開けようとする人が、1日1人はいました。どうやら、うちの下の2階の空き部屋を、工事の事務所がわりに使っているようです。1,2ヶ月前から微妙な人の出入りがあって、それは気づいていたんだけれど、工事が始まってみたら、おいちゃんたち、間違えて3階まで上がって来る。もーー、安心してシャワーも浴びられない。
工事は、7月末までかかるらしいのですが、まぁその仕上がりを期待して待ちます。でも、いろいろ我慢しないと行けないみたいです。
玄関の戸に張り紙しようかと思っていたんだ。「個人宅、人が住んでます。」とね。いかにも嫌みっぽいかな。先週も、朝会社へ行くとき、階段を降りたら作業の人達と顔を合わせたんだよね。
2010/06/13
2010/05/11
哲学
ふふふっ。哲学というと、にやけてしまう。(なぜ私が笑ってしまうか分かる人は、数少ない私の友人のなかでも一人くらいしかいないと思うが。)
2週間ほど前でした。深夜、久しぶりにNHKを見ているとアメリカの大学の講義の番組を放映していた。ハーバード白熱教室。相変わらずヘンテコなタイトルだけど。政治哲学のマイケル・サンデル教授の、Justice(正義)という講義です。あまりにも人気な講義で、ハーバードが始めて講義を公開することに踏み切ったそう。
Youtubeにもありました。英語ですが、こちらが第1回です。
確かに、とてもおもしろい。講義の冒頭で、このような質問が提示された。
あなたは路面電車の運転手です。前方に5人の人がいるのを発見したので停車しようとしたがブレーキが壊れていた。このままではその5人は必ず死んでしまう。ふとわきを見ると、分岐する線路の先に1台の列車があり、そこには1人だけがいた。ブレーキは壊れているがハンドルは効く。
さて、あなたは直進しますか、それとも脇の路線へハンドルを切りますか?
挙手をさせると、多くの生徒は5人も犠牲にするならせめて1人に....と思い横の線へ行くことを選択していました。なぜそちらを選んだのか、様々な考えがあると思います。
さてここで、つぎの質問。
あなたな運転手ではなくて、橋の上からその様子を見ていました。ふとわきを見ると、とっても太った人がいました。その人を突き落とすと衝突を避けることができ5人を救うことができます。
さて、あなたは横の太った人を突き落としますか?
そうすると、学生達は突き落とさない方を選びました。同じように、犠牲者を減らし数としては4人の命を救うことはできるのですが、なぜかこちらの場合は5人を助けることができない。
どちらのケースにしても、道徳的に正しいのはどちらなのでしょうか。それぞれの選択の理由として、傍観者を当事者にしてしまう行為、原因が物なのか人による能動的な行為なのかの違い、さまざまな要素が考えられます。
哲学は、普段私たちが慣れて疑問に感じないとに対して、別の見方をすることによって慣れた環境から引きはがすというリスクがあるともいています。これらの疑問に答えるには、古典の哲学書をいくつも読まなければならないらしい。空をつかむような、哲学書をね。(お好みの方は、NHKのサイトでテキストを紹介してくれています。私は読みませんが。読めません。)
4月から始まった番組だったらしく、私がこの番組を見つけた時は既に第3回でした。そこはさすがNHK、反響が大きかったのか連休前にそれまでの放送を再放送してくれました。録画して第1回から見ています。
先が楽しみです。あの、哲学なのに。
2週間ほど前でした。深夜、久しぶりにNHKを見ているとアメリカの大学の講義の番組を放映していた。ハーバード白熱教室。相変わらずヘンテコなタイトルだけど。政治哲学のマイケル・サンデル教授の、Justice(正義)という講義です。あまりにも人気な講義で、ハーバードが始めて講義を公開することに踏み切ったそう。
Youtubeにもありました。英語ですが、こちらが第1回です。
確かに、とてもおもしろい。講義の冒頭で、このような質問が提示された。
あなたは路面電車の運転手です。前方に5人の人がいるのを発見したので停車しようとしたがブレーキが壊れていた。このままではその5人は必ず死んでしまう。ふとわきを見ると、分岐する線路の先に1台の列車があり、そこには1人だけがいた。ブレーキは壊れているがハンドルは効く。
さて、あなたは直進しますか、それとも脇の路線へハンドルを切りますか?
挙手をさせると、多くの生徒は5人も犠牲にするならせめて1人に....と思い横の線へ行くことを選択していました。なぜそちらを選んだのか、様々な考えがあると思います。
さてここで、つぎの質問。
あなたな運転手ではなくて、橋の上からその様子を見ていました。ふとわきを見ると、とっても太った人がいました。その人を突き落とすと衝突を避けることができ5人を救うことができます。
さて、あなたは横の太った人を突き落としますか?
そうすると、学生達は突き落とさない方を選びました。同じように、犠牲者を減らし数としては4人の命を救うことはできるのですが、なぜかこちらの場合は5人を助けることができない。
どちらのケースにしても、道徳的に正しいのはどちらなのでしょうか。それぞれの選択の理由として、傍観者を当事者にしてしまう行為、原因が物なのか人による能動的な行為なのかの違い、さまざまな要素が考えられます。
哲学は、普段私たちが慣れて疑問に感じないとに対して、別の見方をすることによって慣れた環境から引きはがすというリスクがあるともいています。これらの疑問に答えるには、古典の哲学書をいくつも読まなければならないらしい。空をつかむような、哲学書をね。(お好みの方は、NHKのサイトでテキストを紹介してくれています。私は読みませんが。読めません。)
4月から始まった番組だったらしく、私がこの番組を見つけた時は既に第3回でした。そこはさすがNHK、反響が大きかったのか連休前にそれまでの放送を再放送してくれました。録画して第1回から見ています。
先が楽しみです。あの、哲学なのに。
2010/05/08
今朝のゴミ出し
今朝、資源ゴミ出しをしているときに、唐突に思い出した言葉。「唐変木(とうへんぼく)」。
段ボールをかかえて階段を下りているときに、母の「この子は『とうへんぼく』だねー」と言われたことを、なぜか思い出しました。幼稚園くらいとか小学校くらいまで言われていたのではないでしょうか。もしかしたら、祖母かもしれません。祖母は私が小学校4年生のお正月に亡くなっています。
改めて調べてみると、唐変木(とうへんぼく)(Googleで検索)とは偏屈の意味とのこと。
ふふふ、言ったのは祖母かもしれない。そんな気がしてきた。三つ子の魂なんとやら。友達や周りの人、環境のおかげでずいぶんと角が取れてきましたが、にこにこしながらも、今もちょっと違った視点は持っているかも。
なんでこんなこと思い出したんだろう。
大きな段ボールをかかえて狭い階段を降りながら、左右を持ち替えたかったのです。そうしたら段ボールの幅が壁よりも広すぎて、左右を返せませんでした(右脇から左脇に抱えなおす)。でもどうしても返したくて、縦横の角度を変えて、最終的には持ち替えました。多分、思い出したのはその時です。たった数秒で階段は終わるのに、なぜか持ち替えたかった。壁につかえた時点で諦めればいいのに、やり直してまで持ち替えた。そこに何か意味があったのかなぁ。多分ない。だから「とうへんぼく」か。
段ボールをかかえて階段を下りているときに、母の「この子は『とうへんぼく』だねー」と言われたことを、なぜか思い出しました。幼稚園くらいとか小学校くらいまで言われていたのではないでしょうか。もしかしたら、祖母かもしれません。祖母は私が小学校4年生のお正月に亡くなっています。
改めて調べてみると、唐変木(とうへんぼく)(Googleで検索)とは偏屈の意味とのこと。
ふふふ、言ったのは祖母かもしれない。そんな気がしてきた。三つ子の魂なんとやら。友達や周りの人、環境のおかげでずいぶんと角が取れてきましたが、にこにこしながらも、今もちょっと違った視点は持っているかも。
なんでこんなこと思い出したんだろう。
大きな段ボールをかかえて狭い階段を降りながら、左右を持ち替えたかったのです。そうしたら段ボールの幅が壁よりも広すぎて、左右を返せませんでした(右脇から左脇に抱えなおす)。でもどうしても返したくて、縦横の角度を変えて、最終的には持ち替えました。多分、思い出したのはその時です。たった数秒で階段は終わるのに、なぜか持ち替えたかった。壁につかえた時点で諦めればいいのに、やり直してまで持ち替えた。そこに何か意味があったのかなぁ。多分ない。だから「とうへんぼく」か。
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